はじめに|中小企業経営者が持つべきリスク管理
中小企業の経営者にとって、法務は「難しい」「コストがかかる」と後回しにされがちです。
しかし、限られたリソースの中小企業こそ、法務を「攻め」の経営資源と捉え、事業の安定成長のための土台とする必要があります。
大企業のように専任の法務部を持てないからこそ、事業規模や予算、そして法務に関する習熟度に応じて、最も費用対効果の高いリスク管理体制を構築することが不可欠です。
適切な法務対応は、トラブルを防ぐだけでなく、予期せぬ大きな支出(訴訟費用など)を未然に防ぐ、極めて経済合理性の高い投資です。
本記事では、法務部を持たない経営者の方々が、日々の事業活動で発生する法的リスクを理解し、費用とリスクを軽減しながら事業を成長させるための具体的な戦略を、習熟度別に徹底解説します。
1.中小企業で「一般的に発生する法務業務」
中小企業が日々直面する法務業務は多岐にわたりますが、特に重要度が高く、リスクの源泉となりやすい業務は以下の3つです。
契約関連業務:全ての取引の土台となる「約束事」の設計
事業の根幹となる売買契約、業務委託契約、秘密保持契約(NDA)などが該当します。
契約書は、将来起こりうる問題(支払い遅延、品質不良、納期遅延など)を想定し、対応策を合意しておくためのツールです。
瑕疵担保責任や損害賠償の範囲、著作権の帰属などを曖昧にすると、トラブル発生時に「訴訟」に発展するリスクを大きく高めます。
「予見可能性の確保」が最も重要です。
労務関連業務:人の採用と組織運営の法的基盤
雇用契約書の作成や就業規則の整備などが該当します。
労働基準法などの法令に基づき、適切な対応が求められます。
労務関連のリスクは、従業員との信頼関係の崩壊や、未払い賃金などの紛争に直結し、企業のレピュテーション(評判)に深刻な影響を与えます。
知的財産関連業務:独自の「強み」を守り育てる
商標登録や著作権の管理などが該当します。独自の技術やブランド名を守り、他社からの侵害を防ぐための業務です。
知的財産権の侵害は、競合他社からの損害賠償請求や、自社のブランド価値の毀損という重大なリスクにつながります。
2.法務部を持たない中小企業の現実|「丸腰」で対応することの難しさと潜在的リスク
専門部署を持たない中小企業が法務に「丸腰」で対応しようとすることは、多くの潜在的リスクをはらんでいます。
専門知識の「深さ」と「広さ」の不足
契約法、労働法、景表法など、事業を規制する法令は広範かつ専門的です。
経営者や少人数の社員が全ての法律の最新動向を網羅し、判例に基づいた実務的な解釈を行うことは困難です。
結果として、肝心な時に自社を守れない「ザル」な契約を作成してしまうリスクが高いと言えます。
リソース(時間・人材)の絶対的な不足
創業期・成長期の中小企業は、経営者の時間が売上確保や資金調達といった本業に最優先で割かれるため、契約書の詳細なレビューや法令調査に時間を割くことは機会損失に直結します。
法務を片手間で担うことで、専門性の担保が難しくなります。
法的リスクの「見過ごし」と「後回し」のリスク
最も危険なのは、「この取引は大丈夫だろう」とリスクを認識できず、問題が顕在化してから(内容証明郵便が届いてからなど)専門家に相談するという「後手」の対応になることです。
法務対応の鉄則は「予防」であり、後手に回ると紛争解決の費用が高騰し、解決の選択肢も狭まります。
契約書の不備による予期せぬ巨額の賠償責任を負う可能性もあります。
3.【経営者の習熟度別】費用とリスクを最小化する法務戦略|外部専門家の戦略的活用法
法務部を持たない中小企業が、費用対効果を最大化し、リスクを最小限に抑えるためには、「丸腰」での対応を避け、外部の専門家を「自社の法務部」として戦略的に活用することが最も現実的かつ経済合理性の高い方法です。
ここでは、経営者の法務に関する習熟度を3段階に分け、それぞれの段階でどのような対応が最適か、そして費用とリスクをどう軽減するかを解説します。
習熟度【初級】:「法務は必要最低限のリスク回避」期
対象
創業間もない、または法務に関する知識がほとんどなく、コストを最優先に抑えたい経営者。
経営課題
まずは事業を軌道に乗せることが最優先。契約書はネットの雛形を使っているが不安がある。
最適な対応戦略|スポットでの「要点チェック」と「重要契約の整備」
この段階では、日常的な法務業務への対応よりも、「致命的なリスク」を回避するための最低限の基盤づくりに注力します。
- 「重要度の高い契約」に絞ったスポット依頼
取引の根幹となる契約書(例:メイン顧客との契約、主要な業務委託契約)に限定して、行政書士などの専門家に依頼し、自社のビジネスモデルに合わせたオリジナル契約書を作成してもらいます。
ネットの雛形は無料で手に入りますが、自社の取引実態に合っていないため、抜け漏れが多く、紛争時に全く役に立たないリスクがあります。 - 費用軽減のポイント
契約書をゼロから作成するのではなく、ネットの雛形や自社の既存のドラフトをベースに、専門家に「リスクとなり得る条項の洗い出しと修正」のみを依頼することで、費用を抑えられます(いわゆるリーガルチェックのスポット利用)。 - 秘密保持契約(NDA)の定型化
全ての取引に先立って締結すべきNDAの雛形を専門家に作成してもらい、これを「社内の絶対ルール」として徹底的に利用します。
これにより、情報漏洩リスクという重大なリスクを初期段階でシャットアウトできます。
費用軽減効果
高額な顧問契約を避け、必要な時に必要な分だけ専門家を活用することで、固定費を抑えられます。
リスク軽減効果
最もリスクの高い取引や情報漏洩リスクを初期段階で適切に管理できるため、将来的に発生しうる訴訟費用という莫大なコストを未然に防ぎます。
習熟度【中級】:「法務を効率化し、事業成長を加速」期
対象
創業3年程度で事業が安定し始め、取引先が増加。複数の種類の契約を日常的に交わすようになった経営者。
法務の基礎知識が少しずつ身についてきた段階。
経営課題
契約書レビューの頻度が増え、経営者の負担が増大している。
法務体制を構築し、業務の効率化を図りたい。
最適な対応戦略|行政書士の「顧問契約」と「標準契約書の体系化」
この段階では、日常的な法務業務を専門家に任せる仕組みを構築し、経営者の時間的な負担を軽減することが目標です。
- 行政書士との「顧問契約」の活用
- 法律事務に特化した行政書士と月額制の顧問契約を締結します。
弁護士の顧問料と比較して、一般的に低価格で、日常的な契約書のリーガルチェックや法的な相談に対応してもらえます。 - 顧問契約のメリットは、以下のような点があります。
①「気軽に相談できる」環境が整うこと(問題が小さいうちに相談でき、大きなトラブルへの発展を防げる)
②「継続的な知見の蓄積」(専門家が自社のビジネスを深く理解し、より的確なアドバイスが可能になる)
- 法律事務に特化した行政書士と月額制の顧問契約を締結します。
- 「標準契約書ライブラリ」の構築
- 頻繁に利用する契約類型(例:売買、業務委託、NDA)について、専門家に依頼して自社専用の標準契約書を作成し、これを社内で利用する際の「ガイドライン(契約書の利用マニュアル)」を行政書士と共に作成します。
- 効率化のポイント 日常的な取引は標準契約書を使い、例外的な取引のみを顧問の行政書士にレビューしてもらうことで、契約書作成・チェックのリードタイムを大幅に短縮し、事業のスピードを落とさずに済みます。
費用軽減効果
スポット依頼を繰り返すよりも、顧問契約の方が月々のコストが明確で、年間総額では安くなることが多いです。
経営者の時間コスト(機会損失)を大幅に削減できます。
リスク軽減効果
日常的な契約書のリーガルチェック体制が整うことで、潜在的なリスクを早期に発見・修正でき、取引の安定性が格段に向上します。
習熟度【上級】:「法務をビジネス戦略に組み込む」期
対象
事業規模がさらに拡大し、M&Aや新規事業開発、海外取引など、複雑な法的問題に直面する可能性がある経営者。
法務リスクの管理を事業戦略の一環と捉えている段階。
経営課題
コンプライアンス体制の強化、新規事業の適法性確認、より高度な紛争予防策の導入。
最適な対応戦略:多岐にわたる専門家の連携と「攻めの法務」の実行
この段階では、行政書士、弁護士、社会保険労務士などの複数の専門家を、課題に応じて使い分ける「プロフェッショナル連携体制」を構築します。
- 「専門家の使い分け」の徹底
- 行政書士:日常的な契約書作成・チェック、許認可申請、コンプライアンス文書の整備など、予防法務の土台を担ってもらいます。
- 弁護士:訴訟対応、M&Aのデューデリジェンス(適正評価)、反社会的勢力排除など、高度な紛争対応や会社法務が関わる領域を担当してもらいます。
- 社会保険労務士:労務トラブルの予防、就業規則の整備、給与計算など、労務法務の専門的な部分を担ってもらいます。
- 新規事業のリーガルチェックの習慣化
- 新しいサービスや商品の開発時には、ローンチ前に必ず専門家に適法性(景品表示法、特定商取引法など)をチェックしてもらう仕組みを導入します。
これは「攻めの法務」であり、法令違反による事業停止リスクや罰則リスクをゼロにするための最も重要な投資です。
- 新しいサービスや商品の開発時には、ローンチ前に必ず専門家に適法性(景品表示法、特定商取引法など)をチェックしてもらう仕組みを導入します。
費用軽減効果
行政書士を予防法務のフロントラインに置くことで、高額な弁護士費用が発生するリスクの高い紛争を未然に防ぎます。また、事業停止や罰則といった最大の損害(機会損失)を回避できます。
リスク軽減効果
法令遵守(コンプライアンス)が企業文化として根付き、取引先や金融機関からの信用度が向上し、事業の持続可能性が最大限に高まります。
4.行政書士に依頼できる法務業務とそのメリット|契約書作成・リーガルチェックの具体的な活用術
本記事の読者の中には、「行政書士ってどういう仕事?」とご存じの無い方も多いかと思います。
行政書士は、弁護士とは異なる役割を持ち、中小企業の費用対効果の高い「予防法務」のスペシャリストとして活用できます。
行政書士の役割|予防法務と許認可の専門家
行政書士は、「権利義務又は事実証明に関する書類を作成すること」を業としており、これは主に予防法務の領域を指します。
行政書士に依頼できる主な法務業務
- 契約書作成・チェック
日常的な取引で利用する契約書(業務委託、NDA、売買など)を貴社の実態に合わせて作成・修正し、リーガルチェックを実施します。 - 権利義務に関する書類の作成
内容証明郵便、合意書、示談書などの作成サポートを行います。 - 事業に必要な許認可の取得
建設業、古物商など、事業に必要な各種許認可申請を代行し、法令遵守の基盤を築きます。
行政書士に依頼するメリット|低コストとスピード感
中小企業が行政書士を活用する最大のメリットは、費用面での優位性と実務への精通度です。
- 費用対効果の高さ
一般的に訴訟対応を行う弁護士よりも低く報酬が設定されていることが多いため、特に顧問契約を利用すれば、低コストで日常的な法務相談窓口を確保できます。 - 実務と法令の両方に精通
許認可申請などの実務を通じて、法令をどのように解釈し、実際の取引現場で使いやすくするかという実務的なノウハウを契約書作成に活かせます。 - 迅速な対応
書類作成業務に特化しているため、契約書などの「文書整備」の課題を迅速かつ集中的に解決できます。
行政書士の活用術
最も実用的な活用術は、「汎用的な契約書雛形の徹底的なカスタマイズ」です。
行政書士に貴社のビジネスモデルをヒアリングさせ、トラブルになりやすい「クリティカルな条項」を明確化・強化することで、「自社を守る盾」としての機能を持つ契約書へと昇華させます。
おわりに|中小企業の法務サポートはお任せください
最近は、インターネットで簡単に契約書のフォーマットを入手したり、生成AIで規約を作成したりすることができる時代です。
中小企業において、ビジネス法務に習熟した経営者であれば、それらを使って自らリーガルチェックをして時短を図ることも可能でしょう。
一方で、自社のビジネスとの整合性を十分にチェックしないままこれらを利用するのは、あとになってリスクが顕在化してくる危険性を多くはらんでいます。
限られた予算の中でも、リスク軽減と自社の「盾」としての法務活用を、検討してみてくださいね。
中小企業の法務サポートは当事務所へご相談ください
当事務所では、各種契約書の作成、リーガルチェック、スポット対応から顧問契約まで受け付けております。

Nao
是非お気軽にご相談ください!